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西南戦争と元幕臣 福地桜痴 [幕末 江戸]

NHK八重の桜で中村蒼が演じる徳富蘇峰が新聞記者志望の気持ちを語るシーンが度々あります。

 

幕臣 福地源一郎(桜痴).jpg

 

明治10年の西南の役は新聞という新しいメディアの発展に大きな役割を果たしたそうです。大衆は戦況の行方を固唾をのんで見守り、競って新聞を買い、新聞は発行部数を大きく伸ばしています。新聞社各社は競ってエース級の特派員を九州戦地に送って万全の報道体制を敷いたそう。

5.15事件で暗殺される犬養毅も郵便報知新聞の若き記者として迫真の戦場ルポ記事を書いている。

中でも東京日日新聞(後の毎日新聞)社長の福地桜痴は西南の役が勃発すると山形有朋から軍団御用掛という名目をもらい自ら戦地に出向き、戦況通信を東京に送り東京日日新聞の発行部数を大きく伸ばした。特に田原坂の激戦を伝える戦場ルポ記事は大きな評判を呼んだそうです。

 

福地桜痴について逸話を一つ。

福地桜痴には芳町(現在の中央区人形町辺りの花街)に入れ上げた芸者がいました。その芸者さんを落籍し妾宅を構えたが、間もなく彼女は胸を病んでしまう。彼女は懐中時計の蓋を開ける時のあの「パチンッ」とした音を聞くのがとても好きでした。福地桜痴は東京中の時計屋から懐中時計を買い求めて、終夜その芸者さんの枕元で「パチンッ、パチンッ」と時計の蓋を開けて、彼女の好きなその音を聞かせてあげた。

芸者さんが亡くなった時、その枕元には蓋のバネが壊れた懐中時計が幾つも並んでいたそうです。


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